湯立坂散歩(ゆたてざかさんぽ)

湯立坂の魅力と、重文・銅御殿(あかがねごてん)について情報発信します。
銅御殿の公開情報は(公財)大谷美術館によるものです。

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坂道ぶんきょう展

 文京ふるさと歴史館で開催されていた「坂道ぶんきょう展」を見に行ってきた。文京区内の坂道115を題材になかなか充実した展示で、最終日12/4は親子連れや街歩きを趣味とする人たちでにぎわいをみせた。

 さて、この湯立坂近辺は昔はどんなであったか?坂下には実際に小石川という川が流れていたようで、小石川は千川・礫川、上流の谷端川の総称である。

 「絵と写真で見る文京の坂道」のコーナーでは、江戸名所図会巻4(1836)の氷川明神社が展示されていた。見開きいっぱいに氷川神社を中心にした絵が描かれ、そこに上がる階段や長いのぼり坂(網干坂)が見られる。湯立坂を下りきったところから網干坂は始まるので、手前の湯立坂側はずいぶん開けた、明るいのどかな印象だ。

 安政4年(1857)尾張屋板の東都小石川絵図では、守山藩・松平大学頭の大名屋敷と旗本の屋敷の間に湯立坂があることがわかる。

 昭和と平成 くらべる「ぶんきょうの坂道」では、坂下から撮った昭和の懐かしい湯立坂の白黒写真が展示されていた。緩やかなカーブと石塀・木立は変わらぬ特徴であるが、電柱に昔懐かしい太い字体で書かれた「東洋社印刷」の文字が時代をものがたる。なかなかカッコいい坂に映っていて、このカーブでぐっとスピードを出したくなる「走り屋」の気持ちがわかるようだ。そういえば昔はここでスピード違反の取締りをやっていたこともよくあったな・・・。

 自分のなじみの土地にどのような歴史があるかということは、意外に身近なテーマであるのだと、この展覧会を訪れていた多くのお客さんを見ながら思った。あらためて坂道は文京区の大切な文化遺産だと感じた。

参考:江戸切絵図 東都小石川絵図 (伝通院・茗荷谷駅周辺)
 
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